それはドン・ボンゴレの愛娘、沢田美奈子が25年もの昔に行き、当時まだ中学生だった父親と共に戦い、
その大きな事件を乗り越えて、無事自分の時代に戻って来てしばらくたった頃の事だった。
「ねぇねぇ、せんせぇ。」
「あぁ?」
ミナの声にリボーンが目深にかぶっていたボルサリーノを上げた。
「私、結構頑張ったと思うの。」
「まぁ、そうだな。」
「でしょ?でしょ!
だからさぁ…」
ミナの猫撫で声に、リボーンの眉がつり上がった。
「…だからって、こっちに戻って来た最初の定期テストでオール赤点取って良いわけがねぇだろうがっ!このアホミナがぁぁっ!!」
彼にしては珍しく、荒げた声が響き渡った。
「ひぃぃぃんっ、ごめんなさ〜い!!」
ミナは頭を抱えて半泣きになった。
場所はボンゴレの地下アジトにあるミナの部屋。
ミナが過去から戻ってからと言うもの、それを知った友人知人、同盟マフィアや某暗殺部隊など、
ひっきりなしにミナに会いに来るので連日連夜お祭り騒ぎだった。
おかげでミナは先週あった定期テストで散々な結果を残してしまった。
教え子のそんな体たらくを、この鬼家庭教師が許すはずがなく。
ミナが恐る恐る出した答案用紙を見たリボーンは即座に“沢田美奈子面会謝絶令”を出し、宥める京子(母親はミナの成績について、
とやかく言わなかった)を説き伏せ、美奈子を地下アジトの一室に拉致監禁。
再テストまでみっちりねっちょり勉強する事になった。
「うー。せっかく無事に戻って来たのにぃ…」
ミナは家庭教師の横暴にぶーたれていた。
「てめぇ、これ以上成績下げたら二度と、イタリアには連れて行かないからな。」
家庭教師の目が剣呑に光る。
彼は本気だ。
「ひぃぃん。
が、頑張らさせて頂きますっ!!」
ミナは名誉を挽回すべく、シャーペンを握り直した。
ミナが悲鳴を上げている頃、彼女の幼馴染二人も地下アジトにやって来ていた。
「バカじゃねぇの?
あの阿保のせいで、この三連休の予定がパアだ。」
秋人が毒づく。
「まぁ、そう言うなって!
リボーンのテストに合格出来れば一日は遊べるんだろ?」
崇が秋人の肩を叩く。
のんびりした崇の様子に秋人が牙をむいた。
「コロネロの遊園地に行くつもりだったんだよ!
一日だけじゃ、行って帰って来て終わりだっ。」
「あー。ミナの奴、久しぶりにコロネロんトコ行きたいって言ってたもんな……」
崇が遠い目になった。
「ったく、あのアホ。リボーンに、こってり絞られりゃ良いんだ。」
「まぁまぁ、今回ミナの奴は大変だったんだし。
そだ、確かあいつが好きなナミモリーヌのシュークリームでも買っててやろうぜ?
んで、直接不満をぶちまけろ。」
崇も笑ってはいるが、三連休が潰れたことを許した訳ではないらしい。
「・・・・・それなら、昨日エクレア作って、さっき厨房の冷蔵庫に入れてある。」
秋人があさっての方を見ながら、ぼそぼそと答えた。
「さっすがあっきー!未来の右腕っ!」
崇が手を叩いて褒めちぎった。
「ふざけんな!俺はアイツの尻拭いは御免だ!!」
父親が聞いたら憤慨しそうなセリフを吐く秋人。
「なあなあ、俺の分はっ?」
「あ?抹茶味だろ?そりゃ、もちろん・・・」
「さっすが、あっきーっ!分かってんな!!」
崇が秋人の肩に腕を回した。
「気色悪りぃな!くっつくなっ!つか、後で材料費は出せよ!!」
「分かってるって!!」
“ビーッ ビーッ!! 侵入者アリッ! 侵入者アリッ!!”
秋人と崇が騒いでいると、けたたましいアラーム音と緊迫したアナウンスが響く。
「侵入者だって?」
「場所はっ?」
“第三トレーニングルームに侵入者アリッ! 第三トレーニングルームに侵入者アリッ!!”
秋人の問いに答えるように、さらに詳しいアナウンスが流れた。
「トレーニングルーム?なんで、んなトコに?」
崇が眉をひそめる。
「第三トレーニングルームっつたらすぐその先だ。行くぞっ!」
「あぁ。」
少年二人は武器を取り出すと走りだした。
侵入者を知らせる警報はミナの部屋にも届いていた。
しかし、少年二人と違ってリボーンは慌てず騒がず、場所だけ確認する。
「トレーニングルームか…どっかの命知らずが間違えて入っちまったか?
とりあえず、警備用モスカを出したから心配はいらねぇ……ってこら、ミナてめぇどこ行く気だっ。」
リボーンが端末をいじっている隙をついて、机から逃げたミナがちょうど扉を開けているところだった。
「その侵入者のトコロ。」
「その必要はねぇ。」
ミナのセリフを否定するリボーン。
しかし、ミナは首を横に振る。
「ううん。“私”は行かなくちゃ。」
「直感か?」
「うん。」
リボーンの真っ黒な目を、まっすぐ見ながらミナは答えた。
そんなミナにリボーンは嘆息する。
「わかった。ただし、俺も行くゾ。」
「やった!さっすが先生、話が分かるっ!
早く行こうっっ!!」
ミナは座ったままだったリボーンの手を急かすように引っ張った。
第三トレーニングルームにたどり着いた二人は呆気にとられていた。
ガードマンタイプのモスカが山になっている。
モスカの山をとび越えていくと、フードを目深にかぶった見慣れない子供が二丁拳銃でモスカと戦っていた。
どうやらあの子供がこの山を作ったらしい。
「誰だアレ?」
崇が訝しむ。
「知らねえよ。ナリはチビでも、うちのモスカ相手にここまでやるんだ、油断すんなよ。」
「とーぜんっ!!」
崇が日本刀を構えてニヤリと笑う。
「どこの誰とは知らねえが、ボンゴレのアジトに一人で仕掛けてくるなんて命知らずだぜっ!」
「お仕置きしてやらねえとな?」
崇がまず切り込む、二人の存在に気づいた子供が振り向いて叫んだ。
「タケ兄?!隼人兄?!」
「は?」
子供の声に崇の動きがにぶる。
スピードの落ちた切っ先はフードの先をかすめた。
胸をのけ反って刀を避けた瞬間、フードが外れる。
とたん、誰かによく似た栗色の髪がこぼれた。
「女の子?!!」
栗色の髪を高い位置で結った可愛らしい少女が、その狐色の瞳を丸くしていた。
崇の動きが止まる。秋人がその様子に舌打ちをした。
「油断すんなつっただろうが!!子供でも、女の子でも怪しい侵入者には変わらねぇっ!!」
秋人がナイフを構えて怒鳴った。
「そうだな。ちょっとおとなしくしてもらうぜ?」
崇が日本刀を構え直し、一歩踏み込んだ、その時。
「ストーーーップ!!」
バシィィィンッ バシィィィンッ
「「いってっえええええっ!!」」
少年二人は背後から白いハリセン(大きめ)に力いっぱい殴られた。
二人を殴った本人は小さな侵入者の元に飛んで行くと、その小さな身体を大事そうに抱え上げる。
「大丈夫?怪我はない?!」
「あ、うん。大丈夫だよ。」
狐色の瞳の少女がたどたどしく答えた。
少女は頭を抱えてうめく二人の少年をちらちらと気にするが、ミナはまったく気にした様子もなく続ける。
「よかった!!あ、戦いは?上手くいった?みんな無事帰れた?大丈夫だった?」
矢継ぎ早に尋ねるミナに少女が静かにうなずいた。
「うん、成功はしたよ。平和な時代を取り戻したし、パパたちも元の時代に帰れたし・・・」
「ホント?!よかったっっ!!」
「ミナ姉苦しいよ・・・」
ミナは少女が苦しがるほど、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「ミナ姉も無事帰れたんだね。」
「うんっ。」
少女もミナの嬉しそうな顔にまんざらでもない様子だった。
完全に二人の世界だ。
何も知らずに殴られた二人はもちろん面白くない。
「何すんだてめぇはっ!!」
「痛えのな、ミナ・・・それダレだ?」
不満を言う二人に、頬を膨らませたミナが睨んだ。
「いくら二人でも、私の可愛い妹に怪我させたら許さないからねっ!!」
「「いもうとぉ?!?!」
ミナのセリフに幼馴染二人は素っ頓狂な声をあげた。
「嘘つくなよ。
お前は一人っ子だろうが。」
崇が頭をさすりながら言った。
「だって妹だもん。」
ミナが少女を抱いたまま口を尖らせる。
「いや、“だって“の意味が分からねぇよ。」
崇がツッコミを入れた。
「そもそも、なんだよソレ。
ドン・ボンゴレのご落胤か?」
秋人が呆れる。
「ごらくいん?」
「・・・隠し子って意味だと思うよ、ミナ姉。」
少女がミナにそっと小声で教えた。
「あ、そーゆー意味なの?
んー。じゃあソレで。」
ミナはしばしうなった後、軽く肯定した。
しかし、ミナ以外の三人は眉間の皺を深くする。
「いやぁ〜ミナの親父さんはそーゆー事ないだろ。
なにせ、あーだし。」
「“じゃあ”ってなんだ。そんなもんいたら大事だぞ。」
「ミナ姉、嘘はダメだよ。いや、確かに全部ウソって訳じゃないけど・・」
三人に口々に言われて、ミナが“さて、どこから話そうかなぁ・・”という顔になった。
その時、コツコツと靴音が近づく。
「そいつか、お前が会ったっていうパラレルワールドの住人は?」
若い男の声が聞こえた。
黒いスーツに黒のボルサリーノで決めたリボーンが少女とミナを見て笑う。
「チャオ。よく来たな、もう一人のボンゴレの姫君。」
「もしかして、リボ兄?」
「あぁ、そうだ。その呼び方いいな。」
「・・・・確かに面影がないね・・・」
少女が控え目に答えた。
家庭教師がぴしりと固まる。
「でしょー!笑えるよね!!」
「いや、笑いはしないけど・・ちょっとびっくりした。」
ミナとソラがボソボソと言う。
「なんだよ!リボーンは知ってんのかよ!」
「ちゃんと説明しろ!説明っ!!」
幼馴染二人がブーイングを起こした。
ミナは幼馴染二人にソラの説明をした。
過去の世界に行った時に偶然飛ばされた、違う10年後の世界の事。
ソラがとても優秀な子って事。
ソラに会えて嬉しくて妹になってもらった事。
ソラもミナに自分の時代に起きた事とその顛末を掻い摘んで説明した。
「がんばったね、ソラ。」
「うん。ありがとうミナ姉・・・」
「じゃあ、コイツは違う世界の綱吉おじさんと京子おばさんの子供ってコトか?」
崇が驚いた顔でソラを見詰める。
「たかちっ、コイツじゃないよ!ソラって言う可愛い名前があるんだからね!!」
さっきからずっとソラをだっこしたたままのミナが諌める。
「あ、ワリ。」
「いいえ。(ミナ姉そろそろ私を降ろしてくれないかなぁ…ちょっと恥ずかしいんだけど)」
ソラのそんな気を知ってか知らずか、ミナは今だ驚いた顔の二人に言った。
「そだ!二人もちゃんとご挨拶して?」
「ご挨拶って、お前俺らをいくつだと思ってやがる…」
秋人が眉間のシワを深くして睨みつけた。
「まぁまぁ、俺は雨の守護者、山本武の息子の山本崇!よろしくなっ!」
「はじめまして…(タケ兄の息子…タケ兄によく似てる)」
「ったく。俺は獄寺秋人、嵐の守護者獄寺隼人の息子だ。」
「よろしく…(隼人兄の息子…うん似てる。あ、でも目元はハル姉に似てる。)」
「俺はコイツの家庭教師のリボーンだ。」
「よろしく。(おっきいなぁ、リボ兄から聞いた事はあったけど、これが本当の姿なんだ・・・)」
一通り自己紹介がすむと、ミナがゆっくりとソラを降ろした。
ソラがミナを振り返るとミナが“次はソラの番”と言いたげにほほ笑んだ。
「えと・・・。ご紹介頂きました、別の世界のドン・ボンゴレの娘、沢田ソラです。
どうぞ、よろしくお願いします。」
ソラは自己紹介をすると、ぺこりと頭を下げた。
ミナはそんな様子を満足げに見ている。
その時、リボーンがソラにそっと近づき、ソラをさっと抱き上げた。
リボーンにいきなり抱き上げられて驚くソラ。
(………大人のリボ兄、全然面影はないけど、この優しい瞳は変わらないんだね。)
しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、目の前にあるリボーンの顔を見つめる。
「………お、降ろしてっ!リボーンさんっ!!」
しばらく見つめていたソラだったが、今の状況を思い出し、
顔を少し赤らめながらも、リボーンにそう言った。
「なんでだ?あと、リボ兄でいいぞ。」
リボーンは降ろす気がまったくなく、にやにやと笑いながらソラの反応を楽しんでいた。
「あはっ!ソラ、顔が少し赤いぜ?」
「へぇ…まだガキのくせにいっちょ前に照れるのかよ?」
「ちょっとー。リボーン、ソラの反応見て楽しんでない?」
崇、秋人、ミナの順にそう言いながらも、リボーンとソラのやり取りを
見ながら、笑っていた。
「ソラ騙されちゃだめだよ〜。イケメンだけど中身は鬼だから。」
赤い顔のソラを心配したミナが、いらない事を言う。
「てめぇが、真面目に修行やら勉強やらやらねぇからだろうが。」
「えー?ナンノコトヤラ〜?」
(ミナ姉もリボ兄も、なんか遠慮がないなぁ…口ではああ言ってるけど、ホントに信頼し合ってる感じが伝わってくるもん。)
ミナとリボーンのたわいのない掛け合いを、ソラはリボーンの腕の中で黙って聞いていた。
「にしても。強いし、賢いし…本当にミナの妹か?」
「ちょっと、それどーゆー意味?」
秋人のセリフにそれまでにこにこしていたミナの機嫌が急降下した。
「そのまんまだろ。」
秋人がきっぱりと言う。
「親が同じなのに、こうも違うもんなのか?」
崇も便乗した。
「あぁ、たかちまでヒドイっ!」
ミナがうなだれる。
「少なくてもソラはオール赤点なんて、愉快な事しそうにねぇな。」
リボーンがさらに追い打ちをかけた。
(え?!オール赤点って…)
声には出さなかったが、リボーンの言葉を聞いて驚くソラ
「当たり前じゃんっ、ソラはまだ6歳だよ!」
ミナは言い返すが、逆効果だった。
「へ〜〜。ミナが6歳の頃なんて、俺やあっきーにくっついてビービー泣いてただけだもんな!
お前・・・もうちょっとこの子を見習え?」
「きー!みんなしてヒドイっ!!」
ミナは両手を上げて叫んだ。
「ぷっ!」
ソラがとうとう小さく吹き出した。
「「「!!」」」
全員が一斉にソラを見る。
「あはは。みんな仲良しなんだねっ。」
ミナたちのぷち漫才に耐え切れなかったらしいソラが口を抑えて笑う。
「ふふふ、ソラやっと笑ったね!」
笑うソラに、ミナがしてやったりな顔をした。
「?!」
「へぇ〜、笑ったらやっぱりミナに似てるのな。」
「と、言うより京子おばさんに似てるんじゃね?」
崇と秋人が口々に言いながら、リボーンに抱かれたままのソラの頭を優しく撫でる。
二人に撫でられたソラが思い出したように尋ねた。
「そういえばさっき言ってた、オール赤点って?」
「こっちに戻って来て最初の定期テストの事だぞ。」
ソラの問いにそう答えるリボーン
「えっと……なんでオール赤点なの??少なくともリボ兄が家庭教師なら、赤点ってありえないと思うんだけど……」
そう言いながら、ミナに視線を向けたソラ
「あはっ…あはははっ……」
ソラから視線を逸らすミナ
「実はな…」
リボーンはソラに説明した。
無事自分の時代に戻れたミナの事を知った、友人や知人、同盟マフィアや某暗殺部隊など、
ひっきりなしにミナに会いにくるので連日連夜お祭り騒ぎだった事。
そのせいで、定期テスト前の勉強がまったく出来ていなかった事。
その結果、どの教科も赤点でさっきまで勉強していた事を説明した。
「……ミナ姉、言っていい?」
「な…何?」
「ちゃんとしっかり勉強をしてこの結果なら、リボ兄もそこまで怒らないと思う。」
「う゛っ…」
「少なくとも、私の世界のリボ兄なら、そこまで怒らないよ。…っていうか怒られた事ない。」
「?どういう事だ?ソラはまだ6歳なんだろ?」
崇が疑問を抱き、ソラに聞く。
「そうだよ?」
「なら、勉強で怒られるなんて事ねぇはずじゃ?」
「確かにそうだな…どういう事なんだ?」
秋人も崇の言葉を聞いて疑問を抱く。
「えっと……驚くかもしれないけど、しっかり気を持ってね?」
黙って頷く崇と秋人
「私、こう見えても、もう高校までの勉強は終わってるんだ。」
「「「えっ?!」」」
崇や秋人だけでなく、ミナも驚いた声を出す。
「今は大学の勉強をしながら、いろんな分野の知識をリボ兄から教えて貰ってるんだ。」
「「「えぇーーっ?!」」」
「って、なんでお前まで驚いてんだよ?!」
「だ、だってっ…賢いのは知ってたけど、学校の勉強をもうそこまでしてるなんて知らなかったんだもん!!」
興奮した声で秋人にそう答えるミナ
「ソラ、そんなに頭良いのかよ?すげーな!!」
「リボーンが教えてるのに、なんで嬉しそうなの?!」
「リボ兄が優しいからだよ。たまにテストするんだけど、勉強を始めたばかりの頃は思うように点が取れなくてね……
でもリボ兄はいつも怒らなかった。ずっと前に『どうして怒らないの?』って聞いたら、何て言ったと思う?」
「う〜ん……わかんねぇっ」
「想像出来ねぇ…ミナ、怒られてばっかだからな。」
「ヒドイよ、あっきー!」
「事実だろ。」
「フっ…お前がいつもテスト前に勉強を一生懸命頑張ってやっていての結果だったからだろ?」
「当たりだよ。リボ兄」
満足そうな笑みを浮かべながら、自分が抱えてるソラの頭を優しく撫でるリボーン大人のリボーンに撫でられるのは初めてだったが、
撫で心地が良かったのか、そのまま大人しく撫でられながら、ソラは話を続ける。
「リボ兄、いつもちゃんと見てくれてた。私が頑張ってるのを……だから勉強では怒られた事がないんだ。
テストで良い点取ったり、なかなか理解出来なくて、時間が掛かった問題が解けた時は褒めてくれてた。」
「そうか。」
(ソラ、リボーンの事が大好きなんだね。)
リボーンと楽しそうに話をするソラを見て自分の事のように嬉しくなるミナ。
「そっか、そっちのリボーンはソラに優しいんだね!」
ミナがにっこりと言う。
「“そっちのリボーンは”って何だ。俺だって常に優しさが溢れてるだろうが。」
「えー。じゃあ、その優しさを私にもプリーズっ!」
「お前がもうちょっと真面目にやったらな。」
リボーンの固い言葉にミナは肩を竦めた。
「だってぇ……みんなが来てくれて嬉しかったんだもん。
ヴァリアーやキャバッローネのみんななんて忙しいのにイタリアからジェット機飛ばして来てくれたんだよ?
もーー、私嬉しくって……つい、遊び倒しちゃった☆」
ミナの笑顔がキラリと光る。
「“つい“じゃねぇよ。このアホミナ。」
「それに…たかちやあっきーとも積もる話が山積みで、勉強どころじゃなかったしぃ…」
「あ、コラ。」
「俺たちを巻き込むな!」
「ほぉ…お前らも原因のひとつか。」
リボーンの眼が剣呑になった。
崇と秋人が一歩下がる。
「ミナ姉、みんなに会いたいのは分かるけど、テスト前は勉強しなくちゃ。」
ソラの正論に、ミナがいたずらっ子のように笑いながら言った。
「うーん。分かってはいるんだけどね。
だって大好きな人が会いに来てくれたら、私はなにがあっても会いたいから。
今の私にとっては、みんなの笑顔をもう一度見る事の方が大事だったの。」
「ミナ姉…(ミナ姉はホントに自分に正直だよね…)」
にこにことするミナに、ソラはある意味感動していた。
「まー、テストは散々だったけど。成績下がって困るの私だけだし。」
あっはは〜と、まったく悪びれないミナの頭をリボーンが軽く小突いた。
「俺は困ってるゾ。お前の成績がこれ以上下がったら俺の沽券に関わる。」
「俺らも、お前の追試のせいで休みの計画がパーだ。」
「あ、その点に関してはホント御免。」
ミナが秋人と崇にさっくりと謝った。
ミナの言葉を少し複雑な顔で聞いていたソラに、ちょっぴり背伸びをして視線を合わせたミナが言った。
「ねぇ、ソラ?またなんか悩んでない?」
「?そんな事ないよ?」
ミナの質問にきょとんとしたソラが答える。
「うーん、聞き方がアレだったかな・・・
ねえ、ソラ。なんか疲れてない?」
「え・・・」
確かに、ソラは10年前のツナ達が帰った後、めまぐるしく働いていた。
先にあった大戦の事後処理や炙り出した不穏な幹部への対応など、その小さな身体には似合わないほど
忙しく過ごしていた、それこそ寝る間も惜しんで。
その事を不満に思う事なんてなかったし、むしろ、自分の責任として当然の事だと思っていた。
「ソラは私と違って“ボンゴレの姫君”としての役割があるんだもんね、それは分かるよ?ソラがそれを当然と思ってるのも分かる。
パパや守護者のおじさん達の為に頑張ってるっていうのもね?」
「ミナ姉・・・」
大きな瞳で見つめるソラの両方のほっぺに、ミナはそっと手を添えた。
「で・も!ソラみたいなちっちゃい子がこんなクマ作るまで働いちゃダメ!!」
ミナは以前のやったように、ソラの両方のほっぺを摘んだ。
「くまにゃあんかにゃいもんっ(クマなんかないもんっ)」
「誤魔化してもダメですー。おねいちゃんには分かるんですーーーっ!」
ミナのセリフにソラはこの場所に来た時の事を思い出す。
−−−ソラの回想−−−
「ソラ、あなたコレ全部一人で片付けたの?」
ビアンキはソラの自室で山になっている処理済みの書類の山を見て、驚きの声を上げた。
「そうだよ?」
ソラは事もなげに答える。
「こんなに沢山大変だったでしょ?」
「うーん、別に?
いつもよりちょっと多いくらいだもん、大丈夫だよ。」
本当は書類の多さにただでさえ少ないとよく怒られる睡眠時間が更に削れてしまっていたが、それを誰かに言うつもりはない。
「私なんかより、パパや隼人兄達の方が大変だもん。
どーって事ないよ?」
ミルフィオーレとの戦いの後、父親や守護者たちは事後処理に追われ、そのスケジュールは秒単位の忙しさだった。
とても自分の事を相談する気など起きない。
「そんな…(そんな訳ないじゃない、本当にこの子は聞き分けが良すぎるのよ。)」
ビアンキは言い返したかったが、ソラのまっすぐな瞳に何も言えなくなってしまった。
(それに、私が頑張ればパパの仕事が減って、ちょっとはパパが楽になるかもしれないし。パパと会える時間が出来るかもしれないし。)
せっかく同じ国にいるのに父親に随分会っていない気がするソラだった。
ビアンキはソラの頑なな姿に、このままじゃ駄目だと痛感する。
「…そうだ。正一とスパナとジャンニーニが新しい装置の実験をするって言ってたわ、ちょっと見学して来なさい。」
「えっ?でもまだ仕事が…」
「私も行きたいんだけど、これから出かけないといけないの。
私の代わりに行って、後で様子を教えてくれる?」
(少なくとも、気分転換にはなるハズよね。)
ソラがお願いは断れないと見越しての作戦だった。
「…うん、わかった。」
そしてソラはその実験に巻き込まれ、ミナの世界へと飛ばされた。
−−−−−−−
「いひゃい いひゃい(イタイ イタイ)」
ソラの悲鳴にミナがやっと手を離した。
「ねぇ、ソラ約束して?
無茶する時はもっと周りの人を頼るって。」
「“無茶するな”じゃないんだね?」
赤くなった両方のほっぺを撫でながらソラが首を傾げた。
「うん。無茶しちゃダメなんて言わないよ?
だってソラは本当にやっちゃ駄目な無茶はしないだろうし、
多少の無茶は私もするし?」
「「ヲイッ!!」」
ぺろっと舌を出したミナに、その無茶に大抵巻き込まれる二人が低い声で抗議した。
「それにね、ソラの周りのみんなもソラにもっと頼って欲しいって思ってるハズだよ?」
「でも、私一人で大丈夫だよ?」
しれっと答えるソラの頬をミナが両方の手の平で力いっぱい潰しながら言った。
「クフフ、こんな疲れた顔して“一人で大丈夫”なんて言っても説得力がありませーん!」
「ひゃいすんひょおっ(何するのぉ)」
潰された顔で文句を言うソラにミナがゆっくり手を離しながら続ける。
「そりゃあね、一人で出来る事も一人でやらなきゃいけない事もいっぱいあるよ。
でもね、一人より二人、二人より三人でやった方がいい事もいっぱいあると思うの。」
「一人より二人…」
ミナの言葉を反芻するソラに秋人や崇が続けた。
「そうだぜソラ。コイツなんかいっつも周りに頼りっぱなしだしな?」
「そーそー。おかげで俺らはいつもその尻拭い。」
崇と秋人がうなずく。
「よく言うよな、お前ら。喜んで騒ぎを大きくしてる筆頭頭のくせに。」
「「それはソレ。これはコレ。」」
親指を立てた崇と秋人がイイ笑顔で言った。
「それにね、ソラがなんでも出来ちゃったら、多分パパやおじさんたちが寂しがるよ。
だから、親孝行だと思って頼ってあげて?」
ミナはパチンとウィンクをした。
「……ミナ姉それは言い過ぎだよぉ。」
ミナの話にソラが笑い出す。
(言ってもいいのかな、パパに会いたいって。もっと一緒にいたいって。)
それまでソラをだっこしていたリボーンが、やさしくソラを降ろした。
まっすぐと立ったソラの前に、ミナが片膝をついてその視線を合わせる。
「ねぇ、ソラ?
ソラは頑張ったんだもん、もっとわがままになったっていいんだよ?
ねぇ、今考えた願い事を教えて?」
ミナの優しい声にソラはゆっくりとしかし、しっかりとした声で答えた。
「私・・・もっと、パパといたい。もっと一緒にいたい。ママとパパともっと、もっと。」
ソラの子供らしい願いにミナがやさしくほほ笑む。
「じゃあ、それをパパ達に言ってね?きっと喜ぶから。
ホントは私も一緒に行って、そっちのパパたちに直談判したいけど、ちょっと難しいみたいだし。」
超直感が告げていた、二度目の別れのこと。
「ミナ姉・・・私、ミナ姉とも、もっといたい。」
こんなふうに遠慮なく自分を叱ってくれる人なんて、そうそういない。
こんなに優しくてわがままな人。
「私も。ソラともっとおしゃべりしたかった。
きっとまた、会いに行くから。」
ミナがやさしくソラを抱きしめる。
別れを惜しむように。
「私も、またここに来たい。」
ソラもミナに手を伸ばす。
何かに抗うように。
「いつでも来い。」
リボーンが笑う。
「一緒に遊ぼうぜ?」
崇が笑う。
「あぁ、歓迎する。」
秋人が笑う。
不意に感じる、自分を引っ張る何かのチカラ。
「またね!」
「またねっ!」
ボンッッ
「大丈夫ですか?ソラさんっっ?」
「ジャンニーニさん?」
泣いてぐしゃぐしゃになった丸い顔が視界いっぱいに広がった。
「無事でよかったよ。」
「正兄?」
メガネを外して正一も涙を拭っている。
「心配したよ、ソラ!!」
「え、パパ?!」
ドン・ボンゴレその人が、きょとんとしていたソラを抱きしめた。
「ウチが呼んで来た。」
「あ、スパナさん」
「ほんとによかった!スパナにソラが実験に巻き込まれたって聞いた時は、肝が冷えたよ!」
「申し訳ございません、十代目。」
「ごめんね、二人とも。」
「面目ない。」
「さ、三人とも謝らないで!!私すっごくいい事があったの!
だから、謝らなくていいよ!!!」
「ソラ?」
いつもとは少し違う様子のソラにツナが驚く。
「あのねパパ、飛ばされた先でミナ姉に会ったよ。」
「ミナって前にソラが言ってた、パラレルワールドから来たって言う子かい?」
「うん。それでね・・・」
“ソラは頑張ったんだもん、もっとわがままになったっていいんだよ?”
ミナの声が背中を押した。
「パパは働きすぎだと思う。
もっと私と一緒にいて?」
ありったけの勇気を振り絞って、ずっと言いたかったセリフを口にした。
恐々とソラが面を上げると、力いっぱい破顔した父親がそこに居た。
「ちょっと、みんな聞いた?!
ソラが俺に一緒にいたいって!!」
「え、ぱぱ?」
「えぇ聞きましたよ、十代目。
よかったですね!」
ジャンニーニは再び泣き出した。
「え?」
「俺も、ソラともっと一緒にいたいって思ってたんだよ。
だから今日は飛んで来たんだ。」
「そ、そうなの?仕事は?」
予想外な反応に今度はソラが慌てた。
「今日はオフ!完全オフ!!
ソラどうしたい?どこか行きたいとことかある?」
ツナにそう言われ、少し考え込んでいたソラだったが、何か思いついたのか、話し出したソラ
「………じゃあ、前にした約束。」
「約束?」
「うん。ミルフィオーレとの交渉に行く前に交わした約束。一緒に日本に居るママの所に行こうって約束したよね?」
「………そうだったね。覚えてたんだ?」
驚いた表情をしていたツナだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「うん、覚えてるよ。だってパパ、いつも約束した事をどんなに時間が掛かってでも、必ず守ってくれるもん。
お仕事で急にダメになる事は良くあるけど、一度も約束破った事がない。」
「ソラ…」
ツナはいつも一緒に居てあげられない分、ソラとの約束は時間が掛かってでも、必ず果たせるように心掛けていたのだ。
「……ママに会いたい。パパと一緒に……あっ…でも休みが今日だけなら、日本に行くのはさすがに、無理…だよね?」
思い切って言ってはみたものの、休みが今日だけなら無理だと気付き、気落ちするソラ。
「よし!じゃあ行こう!」
そんなソラの心配を余所にツナはそう言った。
(うそ、そんな軽くっ?)
「ジャンニーニ手配よろしく!じゃあ行こうか、日本へ!!」
驚くソラを抱き上げて、ツナはさっさと歩きだした。
ソラは呆気にとられていたが、しばらくすると落ち着きを取り戻す。
(ミナ姉の言ったとおりだった、パパ凄く嬉しそう。)
自分を見つめている娘に気付いたツナが言った。
「一緒に行ってママを驚かそうね、ソラ」
「うんっ!」
ニコニコ顔の二人は最愛の人に会うため、手をつないで日本を目指した。